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ハードトーク [小説]

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■TBSの解説委員である松原耕二氏(以下著者)の、「ここを出ろ、そして生きろ」に次ぐ2作めの小説。前作も面白かったけど、ボリューム的に物足りなかったのは事実。まあそんなのを現職の放送局社員に期待するのはないものねだりではあるけどね。

■インタビューという行為に官能を感じてしまい、道を誤ってしまった主人公=首都テレビの報道記者、岡村俊平。ここで「ん?」と思った、故野沢尚さんのファンの方は分かると思うけど、これは野沢尚さんの処女小説「破線のマリス」の設定に似ている。首都テレビの映像編集者、遠藤瑤子が「映像編集」という行為に官能を感じてしまい道を踏み外すという話。おやパクリか?とも取れるがそんなことはない。著者のHPにも書かれてる通り、この作品は野沢尚さんへのオマージュということ。もちろん設定を借用してるだけで、話の筋はだいぶ異なる。「破線のマリス」はミステリなので作中で殺人事件は起こるけど、「ハードトーク」はミステリ的な要素は強いが殺人事件は作中では起こらない。

■まあゴタクはともかく、もともとナイトキャップで読もうって感じで購入した本作だけど、結局一気呵成で読み終わってしまった。ストーリーにドライブ感ありまくり。話の本筋は岡村と、若き時の盟友であり現職の総理である藤堂との相克。あらすじを書きすぎるとつまらないのでこのくらいにしておくが、現職総理の藤堂が「マスコミ嫌い」っていうところはリアル現職総理と似ている。ただそれ以外の政策「経済拡大否定ー縮小均衡」「弱者救済」っていうのがリアル総理と真逆でいとをかし。

■インタビュー番組っていうのは、日本では確立されてないけど、アメリカとかでは普通なんだそうな。日本で「インタビュアー」と名乗ってるのは吉田豪さんくらいしか知らないし、彼は森元首相へのインタビューとかはあるけど基本的にはエンタ寄りの人。ただ、実際BBCでは「HARDtalk」という本作と同じ名前のインタビュー番組がレギュラーで放映されてるそう。あ、未見です。

■面白かったので結構オススメ。ただ、事前情報では「結構エロい」という話だったのだがそうでもなかったのが若干残念。ん? オレのエロハードルが高すぎるのか?(自爆)


色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 [小説]

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■いまさらって感じもあるけど、この本は発売当日に入手し、数日後には読み終えていた。拙速に感想をUPするのはネタバレ的で嫌だったってのもある。村上春樹の本はデビュー作「風の歌を聴け」から9割以上の確率で読んでるし、「1973年のピンボール」や「ノルウェイの森」は初版本を持ってるくらいだ(特に後者は市場価値はほとんどない)。前作「1Q84」は販元はティザー広告とかやってたけど、今回は発売前に話のあらすじも公開されてない。しかし発売前に増販はかかるくらいのベストセラーである。超不況の出版業界では神なんだろうな。それはそれで怖いけど。

■「色彩を持たない多崎つくる・・・」ってタイトルで、また脳内妄想で色盲もしくは色弱の主人公をめぐる話かと思ってたら全くそんなことはありませんでした、申し訳ない。主人公以外の主な登場人物の名前に「色」を示す文字が含まれていたという話でありました。

■主人公の多崎つくるは名古屋出身なのだが、大学入学のための上京後、名古屋の親友4人(すべて名前に色を含む)に絶交されてしまう。中年になったつくるは交際中の恋人の勧めもあり、謎を解こうと行動するという話。

■話の筋は、この小説はミステリ要素もあるのでこれ以上は明かさないほうがいいと思うのだが、一部の批判では「何をミステリ的な」ってのがある。いやこれは噴飯もの。村上春樹はミステリやハードボイルド大好きだし、チャンドラーの邦訳までやってるんですぜ旦那。学生生活の描写が多い点で「ノルウェイの森」に似たところがあるかも。あと、知人の捜索にFacebookが使われてたのは意外と無理なかった。さすが春樹さん、吸収力高し。

■近来の村上春樹の小説の中では読みやすい部類だと思う。特に前作「1Q84」と比べて。ただ村上小説で恐ろしいのは、難しい内容を平易な文章で語っているので、読者が分かったような気になってしまうこと。そして読後は、なんとなく頭が良くなったような気になってしまうこと(自分も含め)。要注意ですぜ、旦那。

■今の日本で一番売れている作家が村上春樹、っていうところに違和感を感じる(否定はしません)。本来マイノリティな匂いが強い人だと思うんだけどな。そして右傾化してる日本の現状とのアンバランス。


清須会議(小説) [小説]

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■三谷幸喜のシナリオ、じゃなくて一応小説。本来は昨年の「三谷幸喜生誕50周年祭」に併せて上梓の予定だったが、結局今年の夏に出版された。単行本は買ってなかったんだけど、AmazonのKindleストアが日本語に対応したのに併せて何か試し読みをしたかったので、未読のこれに落ち着いた。もちろんKindleの日本語対応端末が出るのは12月なので、Kindleのアプリを使ってiPadで読んだんだけど。

■三谷幸喜の小説を読むのは2作目。っていっても全小説がこれで確か2作目だったと思う。1作目は「古畑任三郎」。人気ドラマのノベライズ版。普通ノベライズ版は別のライターがリライトする例が多いけど、この作品は三谷幸喜が自分の脚本を自分でノベライズしたという珍しい例。やっぱ、めんどくさい人なんだなあ(笑)。

■お話は、本能寺の変後、明智光秀が討たれたのちに織田家の重臣が集まり織田家の世継を決める会議を清須で開く、その前後の話。昨年の大河ドラマ「江」を見てた人なら入りやすいと思う。

■ただ最初にも書いたけど、あまり小説という体裁は取ってない。むしろハコというかプロットというか。三谷幸喜も開き直って、戦国武将のモノローグは全部現代語訳。三谷さんは決して文章が下手なわけではなく、エッセイとかは爆笑ものが多い。「三谷幸喜のありふれた生活」シリーズとか「オンリーミー」(これは大爆笑)とか。

■じゃつまんないかというとそうではなく、話の流れは大爆笑です。これは三谷さんの割り切りでしょう。自分はプロの小説家ではないから文体で勝負はしない。プロットで受ければOKだぜ!的な。

■そして想像通り、この小説は三谷さんの次回作として来年映画化されるそうです。ちゃんちゃん。


レッドゾーン [小説]

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■真山仁の小説。「ハゲタカ」シリーズ三作目。

■別に最近読んだ訳じゃなく、ちょうど一年前くらいに文庫化されたのを機に読んだ。一作目も二作目も読んでたし、大森南朋主演のNHKのドラマシリーズにはいたく感服したというのもある。ただね、映画に関しては監督がドラマと同じ大友啓史さんで、まさにこの作品が原作だったのにイマイチ。ま、映画の出来に関して云々は本エントリの目的ではない。ちょっと直近に読み返したので書いとこうかなと。

■ネタバレしない程度で書くけど、主なストーリーは純国産の自動車メーカー「アカマ自動車」に中国資本が買収をかけてきて、その攻防で「ハゲタカ」こと鷲津政彦がキーになってくるという話。元新聞記者の著者らしく膨大な取材量で話にリアリティを与えようと試みてるのだけど、特にM&A用語なんて、門外漢のわたくしには「ゴールデン・パラシュート」とか「クラウン・ジュエル」とか、ホンマにあるんかいな?という用語。個人的には「経済小説界の落合信彦」とわたくし勝手に名付けてるくらい真偽の程が一般読者には怪しい。

■誤解を与えないように書く。貶してるんじゃなくて褒めてるんです。真山さんは恐らく全て承知の上で書かれてるのではないか。単なる事実の積み上げの延長での小説だと、読者に今現在世の中で起こってることを明示できない、という意思でやってる気がする。そして今シリーズ通して真山さんに感じられるのは「日本の製造業に対する愛」であり、主人公の鷲津にも少なからず投影されている。インタビューとか対談を読むと、真山さんは鷲津を「いい人」に置き過ぎるのに抵抗があるようだが(笑)、これは手塚治虫のブラック・ジャックに対する感情に似ているのかな?

■あと、小説の中の舞台の「アカマ自動車」は、現社長は違うものの、「同族企業」の血脈が濃いという設定。私事だけど、わたくしも新卒で入った電機メーカーは同族企業だった。その会社は一時の経営危機を通して、現在見た目は現在同族企業じゃないように見えるけど、どっこい創業者の孫が未だに上席常務なんですねえ。しかも特に何もしてないっぽい。持株関係とかのせいなんだろうけどちょっとね。関係者の方、すいませんこのエントリシカトしてください。

■現在は「週刊ダイヤモンド」で続編「ハゲタカ4」連載中とか。さすがに毎週「ダイヤモンド」をそのためには買わないけど、単行本もしくは文庫本化されたら必ず読みますので。楽しみです。前作を含めての過去の作品の論調では、現在の壊滅的な日本の製造業を、どう救えるのかの指針がまったく見えないというのもある。そういう意味で超期待。でも凄く楽しみにしてます。


赤頭巾ちゃん気をつけて [小説]

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■今回若干長文です。すいません。

■庄司薫の同名小説並びに、同じシリーズの通称「薫くんシリーズ」四部作(写真には最終作「ぼくの大好きな青髭」がないけど、書いてる時点で新装版文庫をまだ入手できてないから)。東大入試中止時の紛争の話(樺美智子の話はそのひと世代前)なんで、1963年生まれのわたくしはそれを実感はしていない。ただ家族(父親と兄)が読書家(まあ、ダメ人間ともいう)だったので、兄の文庫本を読んで、「なんじゃこりゃあ!」的な印象を受けた(古くてすいませんが同じく70年代のジーパン刑事風)。
何の理由かは分からないのだけど四部作のうち最終作「ぼくの大好きな青髭」は時間を置いてわたくしが高校一年の時に出版された。なんでリアルタイムで氏に触れたのはこの一作だけだ。まあその後氏はエッセイとかは出してるけど小説は出してないし。微妙なタイミングだったかな。

■そんな古い小説をなんで今頃? なんだけど、今年の春に文庫の版元が移行したらしく(中公→新潮)新しい装丁で書店に並んでるのを目撃したが故です。一気に全部買い直しましたよええ。つーか、昔の文庫って版組的にフォントが小さいこともあり、老眼の身にはかなーり辛いわけですよ。

■小説の内容については、最初の作品が40年以上前に出版されていることもあり、わたくしごときが四の五の言える状況ではないんですが、中学生の頃に兄の本棚で「赤頭巾ちゃん」を見つけました。すんごくのめり込んだ。インテリジェンスに溢れてるし適度にエロいし、何よりその口語体が読みやすい! たぶん初めて小説というものに感動した時だったと思う。

■このブログを読んでいただいている奇特な方々の平均年齢は結構いい歳だと思うけど、少数派の若い方々にちょいと説明。1969年は大学紛争の影響で東大の入試が中止されたのですよマジで。SFっぽいでしょ? でも実話なんです。そして主人公の薫くんは裕福な家庭に育ち(お手伝いさん:死語、もいる!)でも「東大入試中止」というのを受けて、他の大学や浪人してという選択肢もなしで、「自分なりに勉強する」という道を選ぶ。まさにSF的。夏目漱石の言葉を借りると「高等遊民」かっつの。

■でもこの小説のオープニングが凄いのだ。これも若い人には分かってもらえないだろうけど、「ぼくは時々、世界中の電話という電話は、みんな母親という女性たちのお膝の上かなんかにのっているのじゃないかと思うことがある」。至言です。まあ携帯普及後以降だけに青春時代を送られてる方々には到底理解不能だろうが、昔は女の子の家電(特に実家の子)を聞き出すのは至難の業だったのですよ。しかも聞き出して電話した後にも、実家の子は必ずしも本人が出るわけじゃないので、親御さんが出たりする。わたくしなんぞ、高校の時の単なる学級連絡で出席番号の後ろの子に電話した時にたまたまお父さんが出て「ウチの娘とどういう関係?(凄む)」と。いや何も高校の同じクラスだけなんですが・・・(実話)。つーくらいに高いハードルだった訳。しかし携帯が普及したら、女の子たちはかなり軽く番号を教えてくれるんだよね(もちろん全員ではない)。しかもそれがなんかの成果につながった例はほぼない(哀

■余計な回り道が多くてアレなんだけど、日本の小説としてはわたくし今までに一番インパクトを受けた小説です。薫くんは性的煩悩に苛まされながら基本的にはすごく真面目な男。大学に行かず自分で勉強することを決めた一因も「みんなを幸せにするにはどうすればいいか?」っていうのが動機。実はわたくしもその言葉に惹かれて大学で社会学を専攻しましたが、卒論面接の時の担当教授の言葉は「オールマイティなロジックはない」でした。まあ今の歳になればそれは分かるんだけどねえ。

■このシリーズに関しては山のように言いたいことがあって困る。うーん、最初に言いたいのはこれは日本メジャー初の「童貞エンタテイメント」だということ。今でこそ「モテキ」その他の「童貞エンタテイメント」はかなりあるけどね。悶々とする童貞とセックスの接点を赤裸々に描写した小説はわたくし的には初めてでした。まあ1969年時点で18歳が童貞、っていうのがダサいかどうかはわたくしには理解できんけど。なんだかんだ言って「非モテ系」のエンタは製作者が気づいているかどうかはともかくとして、間接的には影響を受けてると思う。

■1969年当時の東京都市部の状況が活写されていること。この小説の中での東京のイメージがキラメキ過ぎて、中学生のオレは東大に行こうと思ったくらい。学力全く足りなかったけどね。実際この小説の影響で「日比谷高→東大」を目指した読者が結構いたみたい。この小説の題材の一つである「日比谷高校」は学校群制度(大雑把に言うと、それまでは専願制で、希望する高校に出願する制度だった。学校群は確か、同じ偏差値群をまとめて、適宜該当学校に振ったような)で東大進学率が下がってしまい、それに対しての「赤頭巾ちゃん」の登場人物の発言とか、作者自身(日比谷高校→東大)の不満が反映されてる。

■とは言え、わたくしのこの小説に対する評価は揺るがない。これマジで映画化してほしいなあ。もちろんこの映画、東映で昔映画化されてる。しかも主演:岡田裕介(現東映社長)ですがな!
それはともかく、VFXが発達した現代では、薫くんが体験した69年の東京を再現することは不可能ではないでしょう。ソニービルの「エレクトロ・マジカ'69」とかね。

■でも小説自体の内容にあまり触れてないことに今気づいた。しかも自分がリアルタイムで触れた「ぼくの大好きな青髭」に関しても。ま、このへんはいずれ。

ここを出ろ、そして生きろ [小説]

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■TBSの報道記者であり、現「NEWS23」のキャスターである松原耕二氏の初の小説。

■わたくしが著者の著作を読むのは初めてではない。ノンフィクション・コラム(?)の「勝者もなく、敗者もなく」は読んだ。ノンフィクションでありながら短編小説の連作のような味わいがあり面白く読めた。で、「この人が小説書いたら面白そうだな」とは思ってたのだが、まあ特にTV局のジャーナリストっていうのは素人には想像を絶するぐらい忙しい職場らしいし、普通の勤め人でも根性ない人は小説なんて書けないので、ないものねだりと思っていて諦めたふしがある。というか、その後忘れてた。

■まあその間にも「ほぼ日刊イトイ新聞」の連載「ぼくは見ておこう」とかのチェックはしてたのだが、いきなり書きおろしの小説が出てた。数週間前に買ったのだけどまとめて読む時間がなくて、今日通院の待ち時間でやっと読了したわけ(-_-;)

■内容をなぞってもあまり意味が無いので簡単にしとくけど、大雑把に言うと主人公の日本人女性とフランス人男性(ともにNGO関係)の恋愛小説。ま、著者とか他人が何を言おうが恋愛小説だ。林真理子が帯に書いてるように。それに味を加えてるのが世界各国の紛争地帯のダイナミズム(つったら軽いけど)そこはジャーナリストの経験が活用されてる気がする。役得と書くと失礼だろうが。

■意味深な小説のタイトルの意味は最後で明かされる。ネガティブな小説と捉えるかポジティブな小説と捉えるかは読者しだい。スピーディな展開で初小説としては凄い(上から目線なオレ)。結構お勧め。

■でも面白かったんだけど、ボリューム的な不満感が残る。次回はもう少し長い小説を書いて欲しい。またないものねだりかね(笑)。


この胸に深々と突き刺さる矢を抜け [小説]

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■白石一文の小説。直木賞受賞の「ほかならぬ人へ」より以前に書かれた小説。ワタクシ的には「ほかならぬ人へ」以来になる。最新刊の「翼」とかももう出てるのに。まあ主な理由は最近ワタクシはビンボーであって、なかなかハードカバーには手を出せなかったり。吉田修一「平成猿蟹合戦図」は買ったけど(いま読書中)、それと比べてどうのというのではなく、単にこの小説は上下巻なので2冊というだけの理由で文庫版まで待ってた。ビンボーってヤダ。

■タイトルが強烈なのでずっと重い重い小説なのかと思っていた。今までの白石小説の主人公はなんというか基本露悪的で、社会的に恵まれた地位にいながら(いたことがあったのに)、セックス中毒的だったり心を病んで退職してたりとかのパターンの人が多かった。この小説の主人公も有名出版社の看板雑誌の編集長で元がん患者、幼い子供を亡くした経験があってセックスには半ば中毒、という白石作品の主人公オンパレードみたいな人物。

■だから、うーんいつもと似た感じかなあと思って読んでたのだが、何か違う。文体のまとまりが時々なく散文みたいな調子になるし、時々は経済学者のフリードマンの言説をネガティブに引用したりして、現在社会の経済的不平等感を訴えたりとか。連載じゃなくて書き下ろしだからある程度の目標を持って書かれたはずだと思うが。勿論この作品は東北大震災以前に書かれたものだ。しかしどこか共通点がある。

■言葉の足りないワタクシとしては恥ずかしい限りだけど、この時代の小説で明確に言い切れるものは無意味で、混沌を含んだ現状を白石氏は提示したかったのではないか。新作読んでないんでアレだけど、ワタクシ的には現時点で白石一文の最高傑作かと。超お勧め。


東京湾景 [小説]

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■吉田修一の2003年の小説。別にこの後も延々吉田修一の小説の感想を続けるわけではない。最近単に読みなおしただけ。

■正直に言うと、吉田修一という作家に触れたのはこの小説が初めてで、しかも動機はこれがドラマの原作であったというお粗末な話。一般的には本は読んでいる方だと思うが、所詮アンテナのカバレッジが乏しかっただけのことでお恥ずかしい限り。

■ヒロイン美緒はお台場の石油会社の広報部に勤めるOLで、関係を持つことになる亮介は船積会社の現場労働者。二人は携帯の出会いサイトで知り合い「身体だけに溺れる」付き合いを続けていく。結末も必ずしもハッピーエンドになるとは取れない。

■最初に読んだのがこの小説で、同じ作者の「悪人」はあとで読んだのだが、「悪人」の習作という形に受け取れなくもない。共通点が多い。「出会いサイト」がキーだったり、満たされない気持ちを抱えながら愛欲に落ちて行ったりとか。で曖昧な主題をもっと明確にさせるために吉田修一はより強烈な「悪人」を書いたのではないかと。個人的な感想だけど。

■特定の作家の作品を連続して読んでいくと、抱えるテーマやアイテムのバリエーションは意外と多くないと言うことに気づく。吉田修一しかり伊坂幸太郎しかり。極論を言えば夏目漱石だって。それが悪いと言ってる訳ではない。興味があるテーマやアイテムでしか人はディテールを描けないのではないだろうか。もちろん例外はあるだろうけど。

■私がこの小説を読むきっかけになったドラマだけど、似て非なるものというか換骨奪胎。ドラマではヒロインが在日韓国人でその血統に悩むとかそのへんの韓流テイストの作りが沢山あるが、原作には在日韓国人、という人たちは全く出てこない。ストーリーの改変もひどいし。

■ということを今のタイミング(2011/8)で書くと、このドラマの放送局:フジテレビに対する韓流びいきとかそれに対するデモの便乗にされそうなんだけど、全くそんな意図はない。まず自分がフジテレビがどうしたいのかっていう真意を全然分かってないし、かつそんな無駄なデモをやるなら東電とかに行けよとか思ってるので。

■個人的に責めたいのはこのドラマのプロデューサー(兼脚本)、です。あまりにも愚か過ぎる。

■ドラマのDVDをレンタルする必要は全くないけど、「悪人」を読んで面白かった方は、「東京湾景」も併せて読むと絶対面白いと思う。

横道世之介 [小説]

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■吉田修一の小説。吉田修一の代表作といえば一般的には「悪人」だろうが(映画化もされてるし、小説も好き)、個人的には現時点での最高傑作はこれではないかと思っている。

■ミステリ小説ではないのでネタバレもありかな、という気もするけど、ちゃんと伏線を引いてそれなりの結末がある、という点で、未読の人にはネタバレをすべきではないとワタクシは思う。

■以下、ネタバレにならないレベルであらすじを話すと、本線は九州から大学進学の為に東京に出てきた主人公「横道世之介」の大学入学後の一年の話。ただ、舞台は1980年代後半なので、それと執筆時の現在(2000年代後半)に彼と関わってきた登場人物の現状を行き来するという話になっている。そこの作法は伊坂幸太郎と若干似てるかも。そして話を読み進むに連れて真実が明らかになっていく。

■一人称小説でないのもあって、世之介が主人公なのだがこの小説は80年代当時と登場人物の現在を描いていて、群像小説かつ局地的総合小説(たぶん文法おかしいが)である。特に80年代が青春期だった人々は読んで欲しいと思う。

■おまけ。これを最初に読んだ2年前以降、映画化して欲しいなあとずっと思ってるのだ。吉田修一は「悪人」の脚本も李相日監督と共同で手がけたくらいの映画マニアなので、小説が凄く映像的だ。この小説も上手く映画化できればいい作品になるはず。ただ、全く別に以前から思ってたのだが、日本の建物って欧州みたいな連続性がない。風俗そのものはメイクや衣装で何とかなるが、建物はダメだろう。だから「バブルへGo!」も失敗した。

■でもそこはプロなりでのブレイクスルーで何とかして欲しいな。この時代にそういう映画ができたら、結構受け入れられると思うよ。

■2012/11/27追記。高良健吾×吉高由里子で2013/2/23映画公開決定。今のところ期待してます。

青が散る [小説]

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■若い人は知らないかもだが、宮本輝の著名な青春小説。彼の作品の中でもかなり長く版を重ねている。逆に古くからの宮本ファンの人には(そんな人でこの小説を読んでない人はあまりいないと思うけど)、「え、爽やかなの?」って反応はあるかも。ご安心を、爽やか兼ドロドロですから。

■読んだことのない人の為にネタバレしない程度のあらすじを書くが、主人公:椎名遼平が、新設の関西の私立大に入り、図らずもテニスに打ち込むはめになり、かつ同期生のヒロイン:佐野夏子に片恋をする、という話。まあ大雑把にいうとそんだけ。

■でもこの小説が凄いのは、主人公とヒロインだけでなく、主要な登場人物の大部分の願いが叶わないところ。みんな大小の挫折を経験する。例外を言えば「ガリバー」だけか。でも椎名遼平は黙々とラケットを振り続けるし、みんな前に進もうと努力する。その点では青春小説でありながらストイックでもある。

■手元にこの小説は勿論のこと、TVドラマのシナリオ集がある。昔脚本の勉強をしていた時期があってその一環として買った。脚本の山元清多さんのあとがきがあり、それによると、放送時の視聴率は振るわず当初の予定より早く打ち切りになったのだが、視聴者の印象は強く(ヤマトやガンダムみたい)、後年実際TBS(ドラマの放送局)にも、このドラマを見てドラマを制作したいと入ってきたスタッフが少なからずいたらしい。あとドラマ版の主題歌は松田聖子「蒼いフォトグラフ」。作詞:松本隆、作曲:呉田軽穂(松任谷由実)。この歌のフレーズの「みんな重い見えない荷物 肩の上に抱えてたわ それでも何故か明るい 顔して歩いてたっけ」っていうのはこの小説の核心を突き当てている。改めて松本隆を天才だと思った。やや脱線。

■それだけの物語力があるのでお勧めの本。再ドラマ化を期待している向きもあるようだが、これは宝くじを買うくらいのつもりで待つほうがいいかも。でもその宝くじ、私も買うかもね。

■最後に、この小説で一番感じた台詞。主人公の遼平が、駆け落ちめいたことをして姿を消した夏子の母に呼ばれ、夏子を探して欲しいと頼まれた時に言った(若干ネタバレ申し訳ない)「僕があんまり可哀相ですよ」。男はそう思っていてもなかなか口に出しては言えない。宮本輝は凄い、と思った。

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